夢を見る人、見ない人

最近、立て続けに東京出張があった。新幹線に乗らないとなかなか本が進まないが、幸いにも1冊読破できた。『脳はなぜ「心」を作ったのか―「私」の謎を解く受動意識仮説』前野 隆司 (著)、筑摩書房、を1年前に買ったのだが、やっと読むことができた。
とても面白かった。
著者が未来を占うような章があるのだが、その世界は『PLUTO』浦沢 直樹 (著)、手塚 治虫 (著)、小学館、にとても似ていると思った。おぉ、もしかして浦沢直樹はこの本を読んだのでは・・と思ったが、『PLUTO』の初版は04年11月1日、『脳はなぜ「心」を作ったのか』の初版は04年11月15日であった。うむ..
PLUTO』はとっても楽しみにしている作品だ。クオリアをもったロボットはかなり現実的な話なのだとも感じた。
「人は何のために夢を見るのか?」というところで、

夢は昼間起きていたときの体験を脳に記憶として定着させるためのもの

とある。うん、内部モデルに変換しているのだな、とちょっと考える。仕事にプレッシャーが強いとけっこう仕事の夢を見る。そういう時は心理的に追い詰められているのだなぁと感じていたが、考えたりしたことを内部モデルに定着しているのかな?

私は最近、一日の睡眠時間がめっきり減ってきた。昔は八時間寝ないとダメだったのに、今は五時間で平気だ。頭が硬直化してきて、昼間に刺激的な新しいことを学ばなくなったから、定着のための睡眠時間があまり要らなくなったのかもしれない。

ふーむ、ということは、夢を見ないやつは学んでいないのか?
新人採用なんかで「夢はよく見ますか?」と聞いてみて、「いいえ、見ません」と答えたら、そいつは採用しないほうがいいのかな。社内アンケートとかで、夢を見ない集団よりも夢をよく見る集団のほうが比較的に成果を上げる結果が出たら、それはそれで、面白いなぁと思ったりして。